「自分の苦手を逆手に取る」【確定申告の準備】
- job goro
- 7月17日
- 読了時間: 5分
開業3ヶ月余り。
開業にまつわる事務整理が、だいたい終わってきたところで。
さて次は、
「早くも、確定申告の準備、スタート!」
これが、かねてから決めてた、ワタシの夏の宿題(笑)。
こどもたちも、いよいよ夏のワークとか持って帰ってきてるし。
ワタシも、夏の宿題をやるぞ!
先手必勝。
なにごとも、先手、先手。
できることは、つらくならないうちに、やっちゃいましょ。
ええと、「レシート貼り」は、もう大体終わったから・・・・
次は、「アマゾンの購入履歴のチェック」。
経費にできるものは、領収書をプリントアウト。
そのためには、まず、ぜーんぶ、購入履歴をPDF化。
今日は、ここまで。
次は、これをイッキに、印刷しちゃいましょ。
しかし、いっぱいあるねぇ。この半年だけでも。

もちろん、これ、大半が私費というか私物も買ってます。
この中から、経費扱いにできるかどうか、精査していくわけです。
もちろん、税務署の審査が通るかどうか、終わってみなければ分かりませんが。
あまり浅ましくならない程度に、常識範囲で、ピックアップしていく予定です。
今は、その前段階としての下準備ですね。
ワタシ自身の家計簿も、これで整理できるし。
◆「めんどいコトは、先にやっちゃえ」。
繰り返しますが、これがワタシ流。
それがいいとか悪いとか、じゃないんだ。
理由はシンプル
「覚えておくのがメンドイから。」
こういうのって、溜めれば溜めるほど、いやんなるんですよ。
「さあやろうか」っていうエンジンがかかりにくくなる。
ワタシの脳裏にメモライズしておくだけで、プラグが湿っちゃうんですね、ワタシの場合。
だから、プラグが乾いているうちに、どんどんやっちゃう。
つまり、
「思いついた」
→まずふせんメモをペタっ
→そのうちエンジンがかかる
→ふと「やろう」って瞬間到来
→えーいっ、って、一気にやっちゃう
→そのふせんをペロンと剥がして「ふースッキリ」
→ワンジョブ終了!
コツは、
「できるだけ、脳のメモリを使わない」こと。
ですな。
ワタシの場合。
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◆自分の「記憶力の悪さ=不得手」を、逆手に取る。
これですね。学習もそう。
記憶力がよくないのに、無理して記憶しようとしても、
ストレスがかかるだけ。
それよりも、
「記憶しなくてもいい」ように、
仕事を「システム化」「仕組み化」する。
ワタシは、そうやってます。
☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆
◆自分の「特徴」「個性」を、いちいちネガティブに解釈しない。
ワタシの記憶力の悪さは、「障害」という言い方でも、できなくはない。
でも、ワタシはあえて、「障害」というネガティブなレッテルを貼らない。
自分に対して。
だって、「障害であるかないか」ってのは、ある一面から言えば
「社会に適応できるかどうか」
「人への迷惑を最小限にできるかどうか」
もっと言えば、
「自分の困り感を最小限に低減できるかどうか」
だと思うから。
要は、
「人に(できるだけ)迷惑をかけない」。
もちろん、これ第一。
それでいて
「自分が困らない」こと。
それさえクリヤしちゃえば、「障害」であるかどうかなんて「レッテル」のおふだ書きなんて、なんだっていい。
☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆
◆「認識」はするけど、いちいち「評価」しない。
ただ、ここで注意しなくちゃいけないのは、
「自分の特性は特性として、目はそらさない」こと。
つまり、「認識」はする。
それでいて
「その自分の特性に、いちいち劣等感は持たない。」
つまり、「評価」は別。
自分がつらくなるんなら、あえて「評価」は、いらん。
いらん「評価」なんかしたって、誰も、トクも損もしないんだから。
要は、評価って、本人ってより
「周囲が安心したいから」
「周囲が不安になりたくないから」
だけのことが多いんだよね。
でもさ、そもそも、その人の評価って、誰のためにするの?
100歩譲って周囲のためになったって、
「本人のためにならない」「本人が何も得をしない」
そんな評価、いる?
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◆「過去」の評価より「今ここから」。
「未来への希望」という心のベクトル。
以下、これはワタシの感想というか印象だけど。
日本人って、その「割り切り」がヘタだと思う。
すぐ「あの人は昔は・・・」って、ずっと昔のことをひきずりだして、
いつまでも、レッテルを貼り続ける。
レッテルがビリビリにへたれても、またいちいち貼り直す。
いちいち「でわのかみ(出羽守)」になりたくはないけど、
もっと「今の功績」「今のがんばり」を
認めてくれる国は、いっぱいある(ようだ、と言っておこう)。
ま、国がどこかは、どーでもいいとして。
「今、ここ」から、「よりよく変わる」。
「これから」成長していこうとする、そんな心のベクトル。
そういうのを大事にする文化って、いいよね。
しかも、「何かあったら揺らぐ」ベクトルじゃ、弱い。
それじゃ、自分が振り回されっぱなし。損をする。
その「ベクトル」の「強さ」が大事。
それは何より、自分への「自信」だと思う。
自信は、、根拠なんかなくたって、自由に持てるんだから。
風土がそれを認めないんなら、
せめて自分自身は、自分を認めてあげないと。
自分で自分にネガティブなレッテルを貼るって・・・
そんなの誰もトクしないからね。
ワタシは、自分に対しても、そういう見方をする。
そして、こどもたちの事も、そうやって見つめ続けてきた。
世界がどんなにこの子をさげすんだとしても。敵視したとしても。
ワタシだけは裏切らない。
「未来ある若者、こどもたち」に対してだからこそ、
ワタシは、その姿勢を貫いてきたな。
それは、今でも言い切れる。
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◆まとめ。
結局、いいところも悪いところも、ひっくるめて、
「自分をしっかり見つめる」ことが、より良き生活・人生の創造になるんだよね。
そう思うよ。
だから、自分に対しても。あるいは他者や環境に対しても。
いっけん「ダメ」に見えちゃうものがあったとしても、
その、「ダメ」ってレッテルを、いったん剥がす。
そして、その「ダメだったはず」のものをどうやって逆手に取るか。
どうやって、「いい方向」に利用するか。
それが人間の知恵だと思うよ。
人生のどんな状況、どんな局面だったとしてもね。
それこそが、いわゆる「レジリエンス」っていう能力にも通じていくと思うんだ。
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最後に余談ですが。
ま、今回のお話とは、直接、関係ないかもしれないけど・・・
「キュリー夫人がラジウムという新元素を発見したのは、
なんと、鉱山の廃棄物の中からだった」
・・・という逸話。
なぜか、ふと思い出しました。
いいエピソードですよね。
元気をもらえます。
2026.7.17




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